トランスラピード事故の衝撃

 

まるで巨大な怪物にひねり潰されたかのように、壊れた列車の残骸は、もはや夢の超高速列車の原型をとどめていない。9月22日に、リニアモーターカー・トランスラピードが、ドイツ北部ラーテンの試験区間で起こした事故で、23人が犠牲となった。

トランスラピードは、磁力を使って線路から車体を約1センチ浮かせて走行し、線路との摩擦がないので、最高時速は450キロにも達する。事故を起こした車両のスピードは200キロ前後だった。もしも最高時速を出していたら、はるかに大きな事故になっていた恐れがある。

磁力を使って車体を浮かせるという技術は、1935年にドイツ人のヘルマン・ケンパーという技師が特許申請したもの。つまりトランスラピードは、ドイツが世界に誇る技術となるはずなのだが、今回の事故の原因はハイテクとは裏腹の、単純なものであるようだ。トランスラピードの管制センターは、試験区間に、線路の点検を行う作業列車がいたにもかかわらず、トランスラピードを走行させた。このため、検察当局では、技術的な欠陥ではなく、人為的なミスが事故の原因という見方を強めているのだ。

試験区間とはいえ、最高450キロのスピードが出るのだから、信号が青でも、前方に別の列車がいたら、自動的に列車が停止するような装置を備えておくべきではなかったのか。スピード記録の達成に気を取られて、安全対策がおろそかにされていたのではないだろうか。

現在トランスラピードは、上海で実用化されているが、事故を重大視した上海市当局は、あわてて職員を事故現場に派遣してきた。中国でも懸念が高まっているのだろう。

ドイツ国内では、ミュンヘンの中央駅と、フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港をトランスラピードで結ぶ計画が進められている。現在この区間は、Sバーン(市街電車)で約50分かかるが、トランスラピードを使うと、わずか10分で着いてしまう。ビジネスで飛行機を使うことがますます増える中、経済拠点の一つであるミュンヘンでは、トランスラピードによる空港線が完成すれば、ビジネスマンには大いに歓迎されるに違いない。だが、この路線が通過する予定の地区に住む住民らからは、環境への悪影響などを理由に、反対意見が出されていた。

今回の事故によって、安全面についての懸念が深まり、ミュンヘン空港線へのトランスラピード導入計画に、重大な疑問が投げかけられることは、間違いない。時速450キロで事故が発生したら、1998年のエシェーデでのICE脱線・衝突事故を上回る大惨事になる恐れがある。あらゆるハイテクに対して拒否反応を示すべきではないが、人命がかかわるだけに、運輸当局や研究開発チームには、万全の安全対策を望みたい。

 

筆者ホームページ http://www.tkumagai.de

週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2006年10月